ハンドル握れば人格変わる「あおり運転」の謎
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ハンドル握れば人格変わる「あおり運転」の謎

ハンドルを握ると、なぜか人格が変わってしまう。こんな経験、一度はないだろうか。急増する「あおり運転」も、普段は大人しいのに、車に乗ると危険ドライバーに豹変したという事例も多いらしい。あおり運転はなぜ後を絶たないのか。ドライバーの運転心理や社会的背景を読み解く。

ハンドルを握ると、なぜか人格が変わってしまう。こんな経験、一度はないだろうか。急増する「あおり運転」も、普段は大人しいのに、車に乗ると危険ドライバーに豹変したという事例も多いらしい。あおり運転はなぜ後を絶たないのか。ドライバーの運転心理や社会的背景を読み解く。

逃げられない恐怖感

ストレスが招く脳の機能低下

話し合いは通用しない

車内が生み出す「怪物」

 東名高速道路での交通トラブルから、追い越し車線に停車させられた夫婦が死亡する事故は、誰もが知るところだろう。この事件の報道の中で「ロードレイジ」という交通トラブルへの過激な報復行動の英語呼称を初めて知った。
高速道路上で追い抜いた後に急ブレーキをかける乗用車(JAFメディアワークス提供)
 私は思わずスティーブン・スピルバーグの映画「激突」を思い出した。1970年代の映画なので、そういった事件は、車社会であるアメリカでは当時からあったということだ。
 東名高速の事件では、逮捕された男の粗暴さが際立ち、国民的感情から彼への個人攻撃に終始してしまったが、都内を車通勤している私の感覚では、彼のような「怪物」はゴロゴロしているというのが正直なところだ。
 実際にあの事件以降もロードレイジに近いものを私自身も何度か経験している。どんな「怪物」なのだろうかと相手をミラーで確認すると、おとなしそうな普通のサラリーマン風だったりするのが共通する。
 車の動きから感じる暴力性と、その普通の風貌とのギャップに驚くが、そのギャップこそが「ロードレイジ」の根源なのであろう。
 私などは酔町・歌舞伎町などにも出向くことも多いが、いかにもトラブルが多そうな歌舞伎町でも、普通の風貌のサラリーマンが執拗(しつよう)に威嚇してくるといったロードレイジのようなトラブルというのはめったにないものである。
 その差は何なのだろう。首都高で怒り狂い、歌舞伎町でおとなしいというのは変である。
 その差にあるのは、やはり車内に守られた「匿名性」だろう。ネットの掲示板と同じで自分が誰かバレない状態だと、人間は暴力的になるというやつである。だから顔が丸見えのオープンカーからロードレイジにあった記憶はない。会社の名前と電話番号がドアに大きく書かれている車も同様である。
 ドライブレコーダーが当たり前の時代に、車に乗って猛るなんてことは破けた覆面で顔を隠していると勘違いしているようなもので、飲酒運転以上に、割に合わない愚考だと認知させていくしかない。
 日本人は立ち会いの前には、「拙者なになに」と名乗るのが伝統ではなかったのか。(俳優・大鶴義丹、zakzak 2017.11.08

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カギは自動運転

「妨害」だけじゃ難しい

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