西城秀樹「ギャランドゥ」な人生考

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西城秀樹「ギャランドゥ」な人生考

歌手、西城秀樹さんが63歳という若さでこの世を去った。スーパースターとしての逸話は数知れない。中でも1983年のヒット曲『ギャランドゥ』は後年、ヒデキを象徴する代名詞になった。今では体毛の濃い男性を意味する俗語として定着したが、その男っぷりは彼の人生そのものだった。昭和を飾った大スターの生き様を考える。

歌手、西城秀樹さんが63歳という若さでこの世を去った。スーパースターとしての逸話は数知れない。中でも1983年のヒット曲『ギャランドゥ』は後年、ヒデキを象徴する代名詞になった。今では体毛の濃い男性を意味する俗語として定着したが、その男っぷりは彼の人生そのものだった。昭和を飾った大スターの生き様を考える。

人間の脳とは正直である

最期まで示した強い心

新規発症者は年間25万人

懐中電灯で始めたペンライト

「ヒデキ、感激」のウラ話

西城秀樹さんが出演した「バーモントカレー」のテレビCMの一場面(ハウス食品グループ本社提供)
西城秀樹さんが出演した「バーモントカレー」のテレビCMの一場面(ハウス食品グループ本社提供)
 『情熱の嵐』『ちぎれた愛』とヒット曲が続き、西城秀樹の名前も、少しずつ認知されてきた。そんな時、新しい仕事が飛びこんできた。ハウス・バーモントカレーのCMである。♪リンゴとハチミツ とろ〜りとけてる…。このCMはその後、長く続いたせいか、ぼくのもうひとつの顔となってしまった。
 ご存じの通り、CM撮影は時間がかかるし、カレーは何杯も食べなければならないが、ぼくは平気だった。心底、カレーが好きなのである。
 困ったのは話し相手だ。共演者が子どもたちばかりなので、話が合わない。もちろん、恋が芽ばえるわけはない。まるで、幼稚園の先生になったみたいな舞台裏だった。このCMの中で“ヒデキ 感激”という、あのポーズが生まれたのだが、それは偶然からの産物だった。
 ある日、2、3歳の幼児を連れたお母さんが見学にきたが、その子がぼくを見て、妙なポーズをした。まだしゃべれないその子はぼくの顔を見て、うれしそうに自分の顔をたたき“ピース”をした。彼なりの感激の表現…。「これは、使えるかもしれない!」。すぐに採り入れたところ、大反響を呼んだ。あの赤ちゃんに、感謝、感激、雨あられ…。彼こそ、バーモントカレーの隠れた演出家だったかもしれない。
 今でも時々、ぼくのコンサートに当時は子どもだった共演者たちが訪ねてくれる。みんな、もう30歳に近く、中には子連れの人もいた。つい昨日のことのように思っていたが、時は確実に流れていたのだ。
 それにしても、あのCMに出てから、ぼくは“カレーの鉄人”みたいに思われ、何気なくカレーを頼んでも、お店の方は妙に気を使うのである。特に、カレー専門店に行くと、(うるさい男が来たな! 味に文句をつけられたらどうしよう)…とピリピリしているのが手に取るようにわかる。ぼくはといえば、カレーなら何でもいいわけで、ひと口食べれば幸福な気分に浸るだけなのにね。
 ある時、フジテレビの食堂でカレーを食べた後、コックさんが、恐る恐るたずねてきた。「あのー、おいしかったですか?」。「最高の味ですよ。好きだな、このルーは。やっぱり…」と言いかけたところで、「うちは、ハウスじゃなくてすみません。SBなんです」−。彼は、深々と頭を下げた。「そ…そうだと思いました。SBもおいしいですよね」。笑ってごまかした。
 今思えば、とてもうれしいCMに出させてもらったと感謝している。故郷を早く離れたぼくにとって“カレーライス”は、おふくろの味…。だから、心から「大好きな味」を表現できた。今でも、ぼくの家では律義にハウスのルーを使っている。さすがに“リンゴとハチミツ”ではなく、ジャワカレーなのだが…。(西城秀樹 コラム「のどもと過ぎれば…」 産経新聞 1997.01.25)

リハビリしながら活動

「生涯現役」にこだわる

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