ネット憎悪「Hagex事件」の深層
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ネット憎悪「Hagex事件」の深層

「おいネット弁慶を卒業したぞ」。人気ブロガー「Hagex」(ハゲックス)さんを刃物で刺殺した男は犯行後、ネットにこう書き残したという。「低能先生」などと揶揄され、ネット上でのやりとりに逆恨みした末の事件だった。ネット憎悪がリアル殺人を引き起こす現代社会の病理に迫る。

「おいネット弁慶を卒業したぞ」。人気ブロガー「Hagex」(ハゲックス)さんを刃物で刺殺した男は犯行後、ネットにこう書き残したという。「低能先生」などと揶揄され、ネット上でのやりとりに逆恨みした末の事件だった。ネット憎悪がリアル殺人を引き起こす現代社会の病理に迫る。

これもまた「ネット社会」

ネットで議論すべきは

なぜ存在意義を求めるのか

深まる「心理的ひずみ」

砕け散った「双方向通信」の夢

松本英光容疑者が交番に出頭する前、ネット上に投稿した書き込み
 1990年代初頭ぐらいまでは、テレビ、ラジオ、雑誌、新聞など、マスメディアは情報を一方通行的に視聴者に送るだけの「片方向通信」だった。それがマスメディアの特権であり、また、そのシステムを誰も疑問に感じることなどなかった。
 しかし、インターネット時代が始まると、視聴者側からも同等に情報発信できる「双方向通信」なるモノを知った。
 これは演劇においても革命だと、当時、私は心を躍らせたのをハッキリと覚えている。劇団の子供として育った故、舞台における役者と観客の一体感をよく知っていた。それと同じものが、一方通行であったドラマや映画の世界でも可能になるかもしれない。舞台と映像が融合するバラ色の未来を想像したりもした。
 そして四半世紀の時が流れ、スマホという脅威の機械が浸透して、二十歳そこそこの私が夢見た双方向通信社会は現実化した。
 しかし大手検索サイトのニュースに対するコメント欄は、24時間、罵詈(ばり)雑言や無意味な憎悪ばかりで、著名人のSNSは揚げ足取りの炎上合戦。映画やドラマに対する批評コメントも、文句をつけるのが大前提。SNSの炎上で番組が無くなったり、著名人が些細(ささい)な失言で廃業したり、大企業がクレームに振り回されるのが当たり前になった。
 この状況はマスメディアの既得権益に対する、市民革命的な側面もあるだろう。開かれるだけ開いてしまったパンドラの箱だが、これは、あの頃に私が夢見た未来ではない気がして仕方がない。ネットは、融合するためではなく、対立するための武器ツールになってしまったかのようだ。
 自動車社会黎明期の1910年頃、アメリカは自由主義故に免許制度もむちゃくちゃで、結果、交通事故が爆発的に増えたという。今のネット社会がまさにそれで、社会インフラというのは、自由主義と性善説ではダメなのかもしれない。
 自動車の運転と同じで、危険運転をしたがる人間というのは、残念ながら一定数いる。ロードレイジならぬ、“ネットレイジ”だ。(俳優・大鶴義丹、zakzak 2018.01.17

ネット憎悪のなれの果て

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