「還暦ジョッキー」的場文男の哲学

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「還暦ジョッキー」的場文男の哲学

日本競馬史にもうすぐ一つの金字塔ができる。的場文男。大井競馬所属の還暦ジョッキーが、地方競馬通算勝利の日本記録に王手をかけたのである。45年の騎手生活で積み重ねた7150勝。「馬敗れて草原あり」とは、かの寺山修司の言葉だが、的場の競馬人生もまた哲学に満ちている。

日本競馬史にもうすぐ一つの金字塔ができる。的場文男。大井競馬所属の還暦ジョッキーが、地方競馬通算勝利の日本記録に王手をかけたのである。45年の騎手生活で積み重ねた7150勝。「馬敗れて草原あり」とは、かの寺山修司の言葉だが、的場の競馬人生もまた哲学に満ちている。

みんながネタにしたくなる

「大井の帝王」たる所以

「尊さ」を超えた存在感

「負け」が社会の役に立つ

「根性だもん、最後はね」

 「明日2つ勝てたら夢みたいな話だね。そしたら胸を張って佐賀に帰れる。でも、ダメだったらこうして帰らなくちゃいけない」
 8月2日。猛暑の中、大井競馬場(東京都品川区)で8鞍もの騎乗を終えた61歳の騎手、的場文男は、胸を張ったりすぼめたり、おどけたジェスチャーを加えながら集まった記者らに心境を吐露した。
 自身が所属する大井競馬場で、地方競馬の最多勝記録7151勝を更新することにこだわっていた的場は、7月31日の初日から計33鞍に騎乗した。だが、記録更新まで残り2勝で迎えた8月3日の最終日は結局勝鞍を挙げられず、レースで「1勝」することの難しさを物語っていた。記録更新は招待レースが行われる8月5日の佐賀競馬、6日から7日の浦和競馬などに持ち越される。ただ、的場にとって佐賀競馬場(現在は佐賀県鳥栖市)は特別な思いがある。
 「佐賀競馬場は幼いころの憧れの地ですよね」。今年5月のインタビューで的場は、佐賀競馬が原点であることを強調していた。佐賀競馬場や競馬そのものとの関わりは、戦時中、的場の父が騎兵隊に所属し、終戦を宮崎で迎えたことにさかのぼる。父が馬を一頭連れて帰り、その馬で木材を運ぶ仕事を始めたという。「親父は馬乗りが上手くてね。『おふろうさん』と呼ばれる神社(風浪宮)のお祭りで、流鏑馬もやっていましたよ」と目を細めた。
 的場は7人兄弟の末っ子として福岡県大川市で生まれた。叔父が馬主で、4歳年上の兄が佐賀競馬の騎手を務めていただけに、幼いころから競馬が身近にあった。父が馬主になったのは的場が中学生の時だった。ゆえに頻繁に佐賀競馬場(当時は佐賀市)に足を運んだという。そして14歳の時、的場は騎手を目指して上京、中学を転校して小暮嘉久厩舎に入門した。
ゴーディーに騎乗する的場文男騎手=2018年5月、大井競馬場
ゴーディーに騎乗する的場文男騎手=2018年5月、大井競馬場
 「小暮先生は馬に対して負担がかからない乗り方を教えてくれました。40歳ぐらいまでが一番乗れた時期かもしれない。本当に馬に負担をかけないでね。体も柔らかいし。もう歳をとったからね。姿勢も崩れてきて、ダンスみたいになっちゃって。『的場ダンス』なんて言われるようになったけど、もっとピシッと若いころはきれいに乗ったよ」
 的場の重賞初制覇は1977年、騎乗したのは「ヨシノライデン」だった。ただ、的場の競馬人生と重なるような馬は、現在も騎乗する「ゴーディー」だろう。現役競走馬としては高齢の10歳で、的場も高齢だけに「高齢コンビ」と呼ばれる。
 「スピードがあって、真面目で一生懸命走る馬ですよ。馬も色々いますから、ズルい馬だっている。人間でもマラソン大会できついからもう止めたっていう人がいるじゃないですか。根性だもん、最後はね」。コツコツと真面目に騎手を続けてきた自身の競馬人生を語るかのような的場の表情が印象的だった。記録更新に迫りながらも足踏みが続く的場だが、レースで1勝することの難しさをこう語っていた。
 「ただ乗ったって勝てない。考えて乗らなきゃいけない。新聞を見て、このレースは、逃げ馬が多いから速くなるとか、作戦がありますよね。まず、馬に負担をかけない乗り方。その馬に合ったレース展開。完璧な騎乗をしなければいけない。いい調教もしなければいけない。いろいろ段階がありますよね」
 目標を持って1つ1つのことを誰よりも一生懸命にやる―。10代の騎手や30代のエースジョッキーなど、若者と肩を並べて真剣勝負を続ける61歳の的場。単純なことのようだが、言うのは易くても、実践するのは難しい。まして歳を重ねても継続していくのはなおさらだろう。それを体現し、前人未踏の域に達しようとしている彼の背中から学ぶことは多いのではないだろうか。(文と写真/iRONNA編集部、川畑希望)

「大井の帝王」が語る

「俺は生涯一騎手」

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