ローマ帝国はなぜ移民で滅んだのか
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ローマ帝国はなぜ移民で滅んだのか

政府が外国人労働者の受け入れ拡大を検討する関係閣僚会議を発足させた。これに伴い、法務省所管の入国管理局の庁格上げの議論も始まった。この流れは、どう考えても移民政策への布石だが、労働力不足という大義名分だけで安易に進めて大丈夫なのか。いま一度、ローマの歴史をひもとき、この議論を冷静に考えてみたい。

政府が外国人労働者の受け入れ拡大を検討する関係閣僚会議を発足させた。これに伴い、法務省所管の入国管理局の庁格上げの議論も始まった。この流れは、どう考えても移民政策への布石だが、労働力不足という大義名分だけで安易に進めて大丈夫なのか。いま一度、ローマの歴史をひもとき、この議論を冷静に考えてみたい。

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大英帝国はローマに学んだ

 今週末の日本ダービーは今年で80回目をむかえる。だが本場イギリスのダービーは1780年の創設だから、234回目というとてつもない数字になる。
 そのころ、のちに「18世紀イギリス歴史叙述の最高傑作」と謳(うた)われる『ローマ帝国衰亡史』が執筆されていた。その第1巻が出たのが1776年、アメリカ独立宣言の年である。数日にして売り切れ、第2刷もすぐに完売だった。5年後に第2巻、第3巻が出版され、これも続々と売れた。最終の第6巻が出たのが、1788年、フランス革命の前年であった。
英国旗「ユニオンジャック」とビッグベン(ゲッティイメージズ)
 歴史家エドワード・ギボンが生きた18世紀後半、イギリスは農業国から工業国に脱皮しつつあった。さぞかし興隆期につきものの活気あふれる時代だったろうと想像されがちである。そのような時期に、なぜ『ローマ帝国衰亡史』が書かれ、多くの読者を得たのだろうか。疑問といえば疑問でもある。
 1773年12月、南アジア産の茶を陸揚げすることに反対した米ボストン市民は夜間に船に乗りこみ、茶箱を海に投棄してしまう。これをきっかけに、イギリスと植民地アメリカとの関係は悪化する。もともと本国の負債を課税で補おうとしていたから、植民地側はかたくなだった。とうとう武力衝突がおこり、戦況は次第にイギリス本国に不利に傾いていった。植民地側への義勇兵の参加もあり、1781年、本国は決定的な敗北を喫する。
 ボストン茶会事件の翌年、ギボンは国会議員に選ばれている。それから敗戦にいたる数年間、ギボンはまさしく国家の舵(かじ)取りの現場をその目で見る所にいた。植民地側の実力行使に怒る対アメリカ強硬論者もいれば、植民地側の主張を支持し代弁する論客もいた。ギボンはこう語る。
 「内気が自尊心のために一層強くなり、文章の成功がかえって声を試してみる勇気を奪った。とはいえ自由な審議会の討論には列席して、雄弁な理路整然たる攻防戦に聞き入り、当代一流の人々の性格・意見・熱情などをすぐに傍らから見ることができた。…(中略)…しかもこの重大な討論の主題は、大英帝国とアメリカとの連合か分離かであった。私が議員として列(つらな)った8度の議会は、歴史家のまず学ぶべきもっとも枢要な美徳、すなわち謙譲を教える学校であった」(『自伝』)
 ここから、興味深いことがわかる。おそらくギボンは議会で一度も発言しなかった。だが、錚々(そうそう)たる論客たちの人となり、息づかいまでも肌で感じていた。その経験は政治上の分別心を鍛えたにちがいない。北米大陸、カリブ海域、さらにはインドやアフリカにもイギリスの覇権は拡大していた。その領土は広く、人種も社会も多種多様であった。その異様さのために、イギリスの支配層にはなにかしら心穏やかな気分になれなかった。そのうえ、アメリカ喪失が絵空事ではなくなり、不安感は高まる。
 そもそも、「ローマ衰亡のことを書物に著そう」という考えがギボンの念頭に浮かんだのはローマ滞在中の出来事だった。1764年10月15日、彼はカピトリーノ丘の遺跡に座って瞑想(めいそう)していた。そこにユピテル神殿の廃虚で夕べの祈りを朗誦(ろうしょう)する裸足(はだし)の修道士たちの声が聞こえてきたという。最初の着想は帝国よりもむしろ都市の衰退にかぎられていたのだが。
 イギリス史の専門家の間では、植民地アメリカの独立は島国イギリスを頂点とする海洋帝国にはそれほど大きな意味をもたないと考えられている。その後1世代もたたないうちにアメリカへの移民はふたたび活発になり、アメリカ喪失という記憶も薄れていったからという。しかし、ギボンと同時代を生きた人々には、拡大されすぎた領土とその喪失の危機という観念はどこか真に迫るものがあった。19世紀ヴィクトリア王朝期における大英帝国の飛躍は、むしろこの危機感を踏み台にしていたのではないだろうか。『衰亡史』という失敗から学ぼうとしたイギリス人。ギボンの著作の成功は、愛読したイギリス人のしたたかさの成功でもあったのだ。(東大名誉教授・本村凌二、産経新聞 2013.05.23

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