みんな、まるちゃんが好きだった

みんな、まるちゃんが好きだった

漫画家、さくらももこさんが53歳の若さで亡くなった。代表作『ちびまる子ちゃん』の主人公、まるちゃんはさくらさん自身の子供時代を投影したものだったという。「みんな、まるちゃんが好きだった」。こんなタイトルをつけて、さくらももこさんの追悼特集をお届けしたい。

漫画家、さくらももこさんが53歳の若さで亡くなった。代表作『ちびまる子ちゃん』の主人公、まるちゃんはさくらさん自身の子供時代を投影したものだったという。「みんな、まるちゃんが好きだった」。こんなタイトルをつけて、さくらももこさんの追悼特集をお届けしたい。

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震災を強く意識した「まる子」

さくらももこさんの自画像((C)M.S)
 漫画家のさくらももこが乳がんのため、53歳で亡くなった。昭和49(1974年)の静岡県清水市(現静岡市)という設定の代表作「ちびまる子ちゃん」には、同郷出身ということもあり勝手にシンパシーを感じていた。
 86年8月に「りぼん」で連載がスタートした当時、私は玩具メーカーのトミーから外資系のマッチボックス・ジャパンの社長に転じた。英国本社と行き来する機内によく分厚い「りぼん」を持ち込んだ。
 90年からアニメ放送が始まると私は仕事柄、商品化を画策したが頓挫して、ヘアヌード写真集を武器に玩具業界を去った…。そんな私の心にも「まるちゃん」はずっといた。四コマ漫画で新聞連載されていた最中に東日本大震災があった。そのしばらく後の漫画が忘れられない。
 「またいっぱい咲いたね」「寒い中、がんばったんだもんね」「きっと大丈夫だよね」…そんな内容だったと思う。静岡在住で、広島の原爆をテーマにした作品でも知られる漫画家、ごとう和が私にこう言った。「さくらさんは社会問題を反映する作風ではなかったけど、東日本大震災には大きな影響を受けたと思う」
 アニメ「ちびまる子ちゃん」のテーマソングを歌ったゴールデンボンバーが着ている「TAMIYA」のTシャツにもつながりを感じる。田宮模型の本社も静岡だ。静岡には独特の雰囲気がある。
 まる子のお姉ちゃん(さくらさきこ)は、西城秀樹の熱狂的なファンとして知られる。今年4月、秀樹は急死した。そして、まる子のお姉ちゃんをアニメで担当した声優の水谷優子も今年5月、乳がんのため51歳の若さで亡くなっている。そして原作者まで、この世を去ってしまうとは言葉がない。(出版プロデューサー・高須基仁、zakzak 2018.08.30

意外なきっかけ

自伝の中にある面白さ

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