秋篠宮さま、大嘗祭「異例発言」の意味
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秋篠宮さま、大嘗祭「異例発言」の意味

来年の皇位継承に伴う大嘗祭について、秋篠宮さまが公費支出に疑問を示されたことに波紋が広がっている。宗教色の強い大嘗祭への公費支出をめぐっては、過去にも議論を呼んだが、皇族による問題提起はやはり異例である。秋篠宮さまの発言の意味を考えたい。

来年の皇位継承に伴う大嘗祭について、秋篠宮さまが公費支出に疑問を示されたことに波紋が広がっている。宗教色の強い大嘗祭への公費支出をめぐっては、過去にも議論を呼んだが、皇族による問題提起はやはり異例である。秋篠宮さまの発言の意味を考えたい。

皇族の存在を考える契機

憲法解釈に一貫性なし

あえて苦言を申し上げる

王制との違いを示す

 さて、京都という土地に身をひそめて歴史を回顧すれば、この国の天皇権威の安定性がほぼ千年のあいだ中断することなくつづいていたことに気づく。そしてその点に、議会政治とデモクラシーの発祥の地とされるイギリスにおける王制との大きな違いがみとめられる。その違いを示す最重要のものの一つが、天皇即位の場面で大嘗祭(だいじょうさい)を執行してきたことにあった、と私は思う。
1990年11月、皇居・東御苑で行われた「大嘗祭」
 大嘗祭とは、天皇の代替わりのときにおこなわれる新嘗祭(にいなめさい)のことだ。秋の収穫祭を意味する稲の祭りと、代々の天皇のカリスマ権威を継承する政(まつりごと)を重ね合わせた儀礼だった。そのことで王権の正統性が保証されると考えてきたのである。そしてこの点こそ、イギリス王制下におけるデモクラシーと、象徴天皇制下におけるデモクラシーの両者をへだてる分岐点だった。
 ただ、周知のように今日、大嘗祭は皇室の私事として公式の即位儀礼のなかに位置づけられてはいない。戦後の政教分離政策とそれにもとづく皇室典範の改正によって、それが宗教行事の一環とみなされたからだった。この問題を今後どのようにみていくかは、千年という歴史の文脈においても、「象徴」の意味を考える場合でも、いぜんとして残されている重要な課題であるといわなければならない。
 そしてまさにこのことにかかわって、さきに掲げた第二の象徴家族と近代家族の関係いかんという問題が浮上してくる。天皇陛下が即位のとき以来、ご公務のほかに多岐にわたる宮中祭祀(さいし)にひたむきにご奉仕されてきたことは広く知られている。年中行事として宮中で執りおこなわれる祭祀はじつに数十にのぼるという。その多くを主宰するのが天皇であり、皇后や皇太子ご夫妻も参列し、神事担当の職員が仕えている。
 歴史的にみれば、宮中祭祀の多くは時代によって興廃、改変を重ねてきた。経済的な理由や政治の動向に左右されることがあったからだが、にもかかわらず天皇権威の政治的重要性がそのことで大きく揺らぐことはなかった。とりわけ明治国家の指導者たちが、欧米列強の精神的基軸をなすキリスト教のあり方に触発されて、天皇権威の近代的再編の事業にとりくんだことを忘れてはならないだろう。なぜなら皇室における象徴家族と近代家族の二重性格という問題が、すでにそこに胚胎(はいたい)していたからである。
 それが戦後にいたり、デモクラシーの新たな導入とともにさらにつよく意識されるようになった。とりわけ、宮中祭祀のような伝統を今後どのように継承していくのか。われわれは、ようやく成熟の段階を迎えた「象徴」天皇制について沈思黙考すべきときにきているのではないだろうか。(宗教学者・山折哲雄、産経新聞「正論」 2009.11.12)

「大嘗祭」とは?

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最も重要な祭祀

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